夕張市がメディアに採りあげられない日はない。今年の夕張は、地元で多数の支援イベントが予定され観光客が増えるだろうという見通しだ。その夕張市の「指定管理者」がらみの話題をひとつ。
夕張市の観光施設やホテル、スキー場などの指定管理者として加森観光が一括して受託したことは大きく報道された。
ところが、その受託がどうやら出来レースであり、また、加森観光への一括委託、すなわち丸投げは、施設職員の全員雇用が前提にあったからだろう、と作家の佐々木譲氏(北海道在住)がご自分のブログで書いている。
佐々木氏は読売新聞(北海道)の取材で、市長選前後を含め、夕張市に現地入りして取材をし続け、そこで見たこと触れたことを、そしてメディアでは触れられないことなどについて、自由に述べている。
もちろん、職員の全員雇用があるのなら、多少の裏取引があろうと、まだ許せる話であるとして佐々木氏も目こぼすにやぶさかではないだろうが、現実は許せるような話とはならなかった。
佐々木氏は、施設の三セク職員の「全員の再雇用」を加森観光の社長が約束したにもかかわらず、その約束を反故にしたと指摘、そして何のための丸投げだったのかと、前市長と市の幹部を批判している。
順序だてて話そう。佐々木氏は言う。実は昨年の10月に市の幹部と加森観光が交渉をもったことが明らかになっており、公募といいつつ、出来レースである、と。
16社が公募に応じているのに、ヒアリングはたったの3社だけ。しかもヒアリングの当日に、委託先は加森観光と発表されたというのだ。
応募したとき(そして受託決定後の記者会見でも)加森観光の社長は、「従業員の全員雇用」を明言したという。一括の受託となった根拠は、その約束が大きかったはず、と佐々木氏。
記者会見については北海道新聞(3月2日付)も、再雇用は「現在の条件と大きく変わることはない」との社長の明言を報じている。
そして加森観光はこの4月から、現地に夕張リゾート株式会社を設立して運営に当たっている。挫折したリゾート施設の再建請負業としても知られる加森観光の一括受託で、夕張の施設についても、これは上手な再建が成り立つのだろう、と筆者は受け止めていた。
ところが佐々木氏によれば、運営委託がはじまってみると、旧従業員はかなりの人が再雇用にはならなかったという。石炭の歴史村は2割程度の再雇用でしかない、というのだ。
なぜかを現地法人のトップに質したところ、「全員再雇用というのは、うちの雇用条件を呑むならば、という意味だった」という答えがかえってきたという。
これについて、「〈条件付き〉ならば〈全員再雇用〉とは言えまい。多くのひとが低賃金を示され、再就職を断念した。年配者の一部には、パート労働者として時給700円が提示された」と佐々木氏。
さらに現地法人のトップは「(旧第三セクターは)年功序列賃金で高すぎた。うちの条件でよいというひとには入ってもらった。せっかく入社したのに、早々と退職したひともいる」と言ったという。
このあたりの事情を知ってか知らずかとして、佐々木氏が触れる。
「一昨日(4月20日・筆者注)、地元新聞は、新会社では運営再開に必要な従業員200人に対して6割しか集まっていないと、加森の「苦境」を訴えるかのような記事を載せている。逆に言えば、これまでの従業員(244人)のうち少なくとも5割以上のひとが、職を失ったままだということだ」
佐々木氏は早くから加森観光の一括受託、すなわち丸投げに疑問を呈していた。「(丸投げは)卵を一つの籠(かご)に盛ったようなものだ」と。
それは、博物館の運営について経験も実績もある人たちがNPO法人として名乗りをあげたり、スキー場では韓国資本の応募もあったりした情報に氏が触れているせいもあるからだろう。
だから丸投げではなく、個々の施設は経験、実績に照らして委託すべきではなかったか、と氏は言いたかったのだろう。
で、佐々木氏の指摘は要するに、全員雇用が守られなかったということで、加森観光の社長発言に不信を抱き、糾弾の矛先を市の幹部達に向けているのだが、正直なところ、この全員雇用にはなかなか難しい問題が横たわっている。
加森観光社長の雇用に対する約束発言と実際の雇用条件の提示による隔たりは、そしてこの隔たりによって生じているであろうと思われる地元の不信や不満は、経営トップとしてはきわめてまずい事態を出来(しゅったい)させてしまったのではないかと言える。
しかし、その点をさておくと、再建という大きなハンデを背負っている以上、従来通りの賃金が支払えるというのもこれまた、(雇用するほう、雇用されるほう双方にとって)どう考えても難しいと思えるのだ。
それは夕張市役所の職員が、これまで通りの給料は難しいとして半数近くが早期退職で辞めているのをみれば、なおさらである。
それに、一般論になるけれども、「公共サービス」の名のもとに三セクの非効率性やコストの高さは、これまでにも社会的に指摘されてきている。その非効率性、コスト高ゆえにこそ夕張市は財政破綻をもたらしたのであり、現実に財政破綻した街の施設運営に当たって、従来通りの賃金の保証はまずあり得ないと考えるのが普通ではないのか。
そういう意味では(重ねて言うが)記者会見の席で社長が「現在の条件と大きく変わることはない」と発言したのは、実に不用意な発言だったといえる。
一方で、これまでの従業員の半数が職に応じなかったのは、提示された賃金では、まず生活ができない、という厳しい現実を突きつけられたゆえのものだということは容易に想像がつく。
この件では誰も責任をとっていないが、その責任は前市長と市の幹部にあるのは明白だ。ただし、ここで責任問題をとりあげても意味がないので、それは措く。
問題は別だ。半数の従業員が辞退したといういう以上、この話は地元では、当たり前の風説としてひろがっているものと思われる。
となると、この件についてはメディアが採りあげていないだけで、地元には加森観光に対する不信が募っているのではないのか。それに、足りない従業員で施設のまともな運営ができるのかどうか……。
メディアを通じて伝わってくるのは、夕張市民へのサービスはどうなるのか、という情報が主である。
けれども、地元における公共サービスを云々する前に、現実に、生活するに厳しい賃金による雇用条件を提示され、働くことを拒否した地元の人たちがいる以上、いかにレジャー産業で名の知れた企業といえども、地元からの否定的な風説や言辞を浴びては、この先の経営や運営にも支障がでてくるのではないのか。
市の財政破綻がもたらした陰影はずいぶんと濃く、夕張現地が抱える重みは一段とその重量を増しているのではないのか。
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